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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)203号 決定

抗告人 味岡敬

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

本件記録(抗告人提出の疎甲第三ないし第六号証)によると、執行債務者宮口サヨの夫孫治郎はすでに八一才の高令者で、収去すべき建物の一階六畳の間で脳出血後遺症、左半身痳痺、心臓性喘息のため病臥中であり、入院安静加療を適当とするが、移動による精神的動揺のためいかなる症状の変化を来すか予測し難く、生命の危険を生ずることもあり得べき状態であることが認められ、一部の執行もまた同人の精神的動揺による生命の危険を思うときはこれを差し控えるのが相当であると考えられる。しかして、本件記録によると、孫治郎は執行債務者宮口サヨの夫で現に世帯主となつているものの、同女の同居者で同女に附随して収去すべき建物に居住しているものであつて、同女とともに右建物から退去を命じ得るものと認むべきであるが、孫治郎の病状にして右のとおりである以上建物収去土地明渡の強制執行を執行不能とした執行官の措置を不当としこれが実施を求めた異議申立は失当であり、原決定は相当であつて本件抗告は理由がない(なお、抗告人挙示の民事訴訟法第五三六条第二項の規定は本件のごとき場合に適用さるべきものではない)。

よつて、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 上野宏 鈴木醇一)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取り消し、さらに相当の裁判を求める。

抗告の理由

一、本件債務名義(東京簡易裁判所昭和二九年(ユ)第九四号土地明渡調停調書の執行力ある正本)に基づく強制執行の経緯及び本債務名義に関連する別訴事件の経過並びに本抗告申立事件に至る迄の事情

(1)  本債務名義は昭和三五年八月一五日執行文の附与を得て執行に着手したところ、相手方(原告)宮口サヨは抗告人(被告)に対し東京簡易裁判所昭和三五年(ハ)第八二二号請求異議事件を本案として、前記債務名義の執行停止を得て、抗告人の強制執行を停止したが、本案は相手方(原告)敗訴となり強制執行停止決定も取消された。

(2)  前記一審判決を不服として相手方は更に東京地方裁判所昭和三七年(レ)第七三二号請求異議控訴事件を繋属すると同時に同庁同年(モ)第一八〇七号強制執行停止決定を得たが、同控訴事件も相手方敗訴により強制執行停止決定も取消された。

(3)  前記請求異議事件とは別に相手方(原告)宮口サヨは抗告人(被告)に対し東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第一一号土地所有権移転登記手続請求事件の別訴提起するも、同裁判も又請求棄却により相手方敗訴となる。

(4)  抗告人は本件債務名義に基づく強制執行を再開し、昭和三九年七月一七日千葉地方裁判所八日市場支部へ執行申立をなし、同年七月二二日執行の目的物件に臨場したが相手方(債務者)宮口サヨの夫宮口孫治郎病気の為め執行延期、更に昭和四一年四月一日執行に臨んだところ、宮口孫治郎病気の為め絶対安静を要する旨の医師所見を基に執行官の認定により執行不能となる。

(5)  前記執行官の認定を不服として抗告人は千葉地方裁判所八日市場支部に対し昭和四一年(ヲ)第九号執行方法の異議申立をなしたが、同申立は却下された。

(6)  更に抗告人は前決定を不服として東京高等裁判所に対し昭和四一年(ラ)第三〇七号抗告申立を為したが同抗告も棄却された。

(7)  抗告人は更に昭和四二年二月一八日前記債務名義及び東京簡易裁判所昭和三五年(サ)第四八七号収去決定正本に基づき家屋収去土地明渡の執行申立をなし、同年三月二日執行に着手したところ、再度執行不能となつた。

(8)  前項の執行不能を不服として抗告人は千葉地方裁判所八日市場支部に対し昭和四二年(ヲ)第一〇号執行方法の異議申立、同申立は昭和四二年三月三〇日却下、続いて御庁に対し昭和四二年(ラ)第二〇三号抗告事件として繋属中にて現在に至つている。

二、前項を補足して

東京地方裁判所昭和三七年(ワ)第一一号土地所有権移転手続請求事件の判決理由によれば前訴(東京簡易裁判所昭和三五年(ハ)第八二二号請求異議事件及び東京地方裁判所昭和三七年(レ)第七三二号請求異議控訴事件)により執行された本件土地に関する建物収去、土地明渡強制執行を更に阻止する意図の下になされたと解することが出来たのであつて、たとえ既判力の問題や再訴禁止の問題に該当しないとしても到底容認し難いところである云々。

とある如く前項(1) (2) (3) はいづれも強制執行を阻止する目的で、いたづらに抗告人(債権者)の権利行使を妨害し、相手方は訴訟敗訴により万策つきた結果同居の夫宮口孫治郎の老衰を奇貨として重病人に仕立て地元医師をして敢えて絶対安静の旨虚偽の診断書を得て執行不能とした次第であり抗告人は更に再度の執行を開始したところ、執行官の認定を誤らしめ、再度執行不能となつた理由等については千葉地方裁判所昭和四二年(ヲ)第一〇号執行方法に関する異議申立書記載の通りであるが、同庁も又執行官の処置は適切であるとし、抗告人の申立を却下した。

三、前決定(千葉地方裁判所八日市場支部昭和四二年(ヲ)第一〇号執行方法の異議事件)に就いて

(1)  却下理由によれば孫治郎が任意退去しない以上執行不能とした執行官の措置は適法であると、あるが強制執行は債務者及びその家族等が任意退去の履行がないから強制執行により退去を求めるのが原則であり、任意退去しないから執行が不能であるとの解釈は聊か失当であろうと思料する。即ち民事訴訟法第五三六条第二項の規定によると抵抗を受くる場合云々とあるが、抵抗とは必ずしも暴力のみを指すものでなく本件の如く執行を阻止する意図のもとになされた斯る場合も含まれると解すべきであろうと思う。

又一部の執行に関しては執行官は通例建物収去土地明渡執行に際しては一部の執行(一部を不使用状態とする)は、普通採られる手段にして、これにより更に明渡断行迄の間に任意退去を促す一方法として採られている実状であり、一部執行も又適切を欠くとの前決定はこれ又失当である。

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